この記事は運動学習に関する知識ついて書いています。
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運動学習の定義と理論
運動学習は「巧みな課題遂行の能力を比較的永続する変化に導くような実践あるいは経験に関連する一連の過程」と定義されています。
簡単に言うと、いつも上手く運動できるようになるまでの過程です。
運動学習の理論は、学習過程に関するスキーマ理論と学習段階に関する三相説が有名です。
スキーマ理論
スキーマは過去の運動の経験によって形成されます。
運動の開始前には、これから行う課題とその環境・動機・目標に応じたスキーマ(過去の運動経験)が再生されます。
ここで再生されるスキーマが再生スキーマです。
再生スキーマを参考にして運動プログラムが選択され、運動が開始されます。
運動の結果、生じた内在的フィードバックは再びスキーマとして認知されます。
これが再認スキーマです。
運動前に予想した結果と実際の運動の結果に誤差がある場合、再認スキーマを参考にして再生スキーマが修正されます。
この過程を繰り返すことで適切なスキーマが形成されていき、運動学習が進みます。
運動中や運動後に得られる感覚フィードバックのこと
固有感覚や視覚(周辺視野)、聴覚(ステップ音など)、触覚などがあります。
三相説
三相説は学習過程を認知段階、連合段階、自動段階に分けています。
認知段階は運動課題や目標達成のための方法を言語的に理解する段階です。
目的とする運動がどのような運動であるかを理解することで、自らの運動の問題点に気付きやすくなります(学習のための学習:learning-to-learn)。
連合段階は内在的フィードバックや結果の知識によって運動の誤りを修正し、協調的な運動を獲得する段階です。
自動段階は無意識に協調的な運動が可能になる段階です。
運動学習に大切な3つのポイント
運動学習の進展には大切な3つのポイントがあります。
- 能動的に取り組むこと
- 運動課題と目標達成の方法を理解すること
- 運動の誤りを修正しようとすること
これらがあってこそ、課題難易度の調整や結果の知識の付与によって学習を円滑に促通することができます。
課題の結果の成否についての情報のことを結果の知識といいます。
運動学習を進展するには課題の成功-失敗をフィードバックすることが不可欠です。
行った運動がどのような特徴を持っていたかの情報のことをパフォーマンスの知識といいます。
代償的な運動を防ぐ役割があります。
運動を学習する3つの方法
運動には3つの学習方法があります。
それぞれで重要となる情報や脳部位が異なります。
エラー学習
正しい運動を理解した上で試行錯誤を繰り返して学習していく方法です。
運動時にそれが意図した運動であるかという誤差情報が重要です。
課題難易度の調節や制御したい運動の焦点化を行い、学習効率の低下や誤学習が起こらないように注意します(教師あり学習)。
誤差情報を伝達する小脳が大きな役割を担います。
使用依存性学習
運動を反復して学習する方法です。
そのパフォーマンスの優劣に関する情報がなくても、運動の反復によって脳内神経回路の結合性が改善し熟練度が高まります(教師なし学習)。
大脳皮質が主な役割を担っています。
強化学習
運動結果が好ましい場合に報酬(成功そのものや褒められること)を与えるとその運動記憶が強化され、学習が進みます。
与えられる報酬は運動者が予想していた以上の報酬でないと運動記憶が強化されません。
強化学習は運動の過程(運動の速度や力などのパラメーター)よりも結果がどうであったかの情報が重要です。
運動順序の学習、運動プログラムの選択・切り替え、快-不快の情動に関わる大脳基底核が大きな役割を持ちます。
課題難易度の調整
エラー学習は運動前の予想と実際の運動結果の誤差を修正しようとすることで運動学習は進みます。
ですので、課題難易度が低すぎると誤差が生じないため学習が進みません。
かといって運動課題の難易度が高すぎると、失敗時の感覚情報によって学習の効率低下や誤学習が起こります。
また、高すぎる課題難易度は正しい運動の反復が困難であるため使用依存性学習の効率が低下し、課題の成功という報酬が得られないために意欲が低下するため強化学習も阻害します。
これらのことから、学習を促通するために課題難易度を適切に調整する必要があります。
- 支持基底面の大きさ
- 重心の高さ
- 関節の自由度
- 重心移動と動作の範囲
- 力の強さ
- 動作の速度
- 環境の多様さ
- 外在的フィードバックの量
これらにより難易度を調整し、学習の進展に合わせて徐々に難易度を上げて最終的には目標とする運動を練習します。
運動中や運動後に人為的に外部から与えられるフィードバックのこと
鏡やビデオなどでの運動の確認、筋電図、言語的フィードバック、ハンドリングなどがあります。
「右足で踏ん張って」というように身体の一部に注目させることを内的焦点といい、「右の平行棒に体を寄せて」というように目標物に注目させることを外的焦点といいます。
内的焦点では注目した身体部位以外の協調性が損なわれることがあります。
そのような場合は外的焦点が有効です。
また、外在的フィードバックが過剰だと依存的になり、内在的フィードバックを妨げる危険性があります。
そのため、学習の進展に合わせて外在的フィードバックを減らしていく必要があります。
また、視覚の外在的フィードバックは即時性がありますが、学習の長期的な持続には効果が低いとされています。
運動の練習方法
運動の練習にはいくつかの方法があります。
学習の過程に合った練習を選択していきます。
恒常練習
失敗を減らして同じ運動を繰り返す方法です。
運動プラグラムの形成を促します。
ランダム練習
異なる運動プログラムが用いられる課題をランダムな順序で行う方法です。
運動記憶の固定に役立ちます。
多様練習
運動の速度や方向、距離などのパラメーターを変化させて行う方法です。
運動を構成するパラメーターの調節能力を向上させることができます。
全体練習
目的とする運動をひとまとまりとして練習する方法です。
たとえば、起立を目的とするなら起立練習を行います。
部分練習と比較して学習効果が高いとされています。
部分練習
運動をいくつかに分け、問題となっている運動部分を繰り返し練習する方法です。
全体練習と比較して難易度が低いです。
学習の転移により目的とする運動の学習を進展させることができます。
ある運動で学習された内容が別の運動に影響を与えること
行う運動が学習を目的とする運動と類似しているほど学習の転移が起こりやすいです。
分散練習
休憩を小刻みにとって練習する方法です。
疲労や集中力の低下を防いだり、休憩中にフィードバックができることから休憩をとらない集中練習よりも学習効果が高いです。
ブロック練習
同じ課題を何度も繰り返してから次の課題に移る練習方法です。
課題を早く習得することができますが、ランダム練習よりも学習効果の持続時間が短いです。
ランダム練習
ランダムな順序でいくつかの課題を繰り返す練習方法です。
ブロック練習と比べて学習効果が持続します。
オフライン運動学習
運動練習後に睡眠や4時間以上の間隔をおくとパフォーマンスの向上が得られる場合があります。
逆に、練習後に誤った運動が用いられると練習効果が失われる可能性があります。
なので目的の運動が学習されるまでは誤った運動を行わないようにする必要があります。
アフォーダンスを利用する
運動は課題、環境、個体(神経系、筋骨格系、認知系など)が流動的かつ協調的に作用した結果として起こります(動的システム理論)。
環境は人を異なる動作へと誘導する情報をもっています(アフォーダンス)。
たとえば、訓練室のプラットホームではゆっくりと横になることができますが、自室のベッドではゴロンと勢いよく寝転んでしまいます。
これは自室のベッドが持つアフォーダンスの影響です。
このように訓練で学習された運動がアフォーダンスによって日常生活に反映されないことがあります。
しかし、アフォーダンスを利用すれば好ましい運動を引き出すこともできます。
運動学習を進展するには環境要因を考慮することが大切です。
参考文献
- 吉尾雅春編(2010)『標準理学療法学 専門分野 運動療法学 総論 第3版』奈良勲監修,医学書院.
- 市橋則明編(2014)『運動療法学 第2版』文光堂.
- 中村隆一・他(2003)『基礎運動学 第6版』医歯薬出版.
- 阿部浩明・大畑光司編(2016)『脳卒中片麻痺に対する歩行リハビリテーション』メジカルビュー.
- 石川朗編(2011)『15レクチャーシリーズ 理学療法テキスト 神経理学療法学Ⅰ』中山書店.