Contents
運動学習とは
運動学習とは、熟練したパフォーマンスを比較的永続する変化に導くような練習や経験に関連する一連の過程です。
筋力など身体機能の向上や発達に伴う変化は含まないということがポイントです。
運動学習に関わる小脳回路と基底核回路
運動学習には小脳回路と基底核回路の2つが関わります。
小脳回路
小脳回路は大脳皮質からの情報と運動に関する末梢からの感覚情報を統合して、運動を修正する役割を果たします。
小脳回路の中心は小脳です。
小脳は大脳皮質と下オリーブ核(延髄)からの入力を受けます。
大脳皮質からは皮質橋小脳路を介して今から実施する「意図する運動」の情報を受け取ります。
下オリーブ核からは、大脳皮質から受け取った「意図する運動」に対する「実際に実行された運動」のズレ(誤差信号)の情報を受け取ります(教師の役割)。
これによって、適切な運動司令を形成していくことが運動学習における小脳回路の役割です。
最終的には適切な運動司令が内部モデルとして小脳に保存され、予測に基づいて運動を制御することが可能となります。
そして、修正された内部モデルは視床を介して運動皮質(一次運動野、運動前野、補足運動野、帯状運動野)にフィードバックされ、赤核脊髄路を介して運動出力に関与します。
このように小脳回路は適応的運動学習に関わります。
適応的運動学習とは、身体や環境の変化に応じて運動を修正し適切な内部モデルを獲得する学習過程です。
例としては、運動機能障害のもとでの運動、凍結した路面上の歩行、道具を使った運動の学習が適応的運動学習にあたります。
基底核回路
基底核回路は運動の順序や運動の組み合わせを制御する役割を果たします。
基底核回路では大脳基底核が中心的な機能を担っています。
大脳基底核は、大脳皮質の広い範囲(前頭前野、頭頂連合野、補足運動野)からの入力を線条体(尾状核、被殻)で受けます。
入力された情報は、出力部である淡蒼球内節と黒質網様部から視床を介して、補足運動野を中心に前頭前野や頭頂連合野に投射されて大脳皮質基底核ループを形成します。
大脳基底核の入力部と出力部を結ぶ経路には、直接路(脱抑制機能)と間接路(抑制機能)の2つがあります。
これらの経路により、大脳基底核は大脳皮質からの運動司令を整理し、目的とする運動に必要な運動の順序や組み合わせを制御しています。
つまり、大脳基底核の働きによって運動に必要な筋にだけ適切な筋活動が生じさせることができます。
このように基底核回路は連続的運動学習に関わります。
連続的運動学習とは、運動の速度や力の大きさではなく、連続的に繰り返される運動の順序や組み合わせ獲得する学習過程です。
たとえば、キーボードのタイピング、一連の動作の組み合わせである日常生活動作(移乗など)の学習が連続的運動学習にあたります。
フィードバック誤差学習

リハビリテーションでは身体や環境の変化に応じた運動を学習することがポイントになるため、適応的運動学習がとくに重要です。
適応的運動学習はフィードバック誤差学習というメカニズムによって行われます。
つまり、小脳の機能が重要になります。
フィードバック誤差学習にはフィードバック制御とフィードフォワード制御があります。
フィードバック制御
フィードバック制御は、視覚や体性感覚のフィードバック情報を利用して運動を制御します。
感覚情報が脳にフィードバックされるまでに数10mm~数100mm単位の時間を要するため、比較的ゆっくりとした運動の際に機能します。
たとえば、 コップ一杯に入れられた水を運ぶ、氷が張った道を歩く際などに機能します。
フィードフォワード制御
フィードフォワード制御は、すでに獲得されている内部モデルを利用して運動を制御します。
内部モデルを利用するため、フィードバック制御よりも素早く滑らかな運動の際に機能します。
たとえば、素早い立ち上がり、物体への上肢リーチの際などに機能します。
ただし、前述のようにフィードフォワード制御は適切な内部モデルを獲得していることが必要です。
強化学習
連続的運動学習は強化学習というメカニズムによって行われます。
強化学習とは、運動した結果にもたらされる報酬に基づいて学習するメカニズムです。
高い報酬(プラスの感情を与える物事)が得られる運動が選択・強化されます。
強化学習では大脳基底核の機能が重要になります。
運動学習の段階

運動学習は認知段階、連合段階、自動化段階の3つの段階に分類されます。
認知段階(初期相)
認知段階は学習の動機づけに始まり、学習を目的とする運動がどのような運動かを理解し、意識的・言語的に戦略を考える段階です。
具体的には
- 第1段階:Readying…課題をポジティブに施行し、最良のパフォーマンスが行えるように準備する
- 第2段階:Imaging…課題を正確かつ素早く行うイメージをする
- 第3段階:Focusing attention…課題に注意を向ける
- 第4段階:Executing…求められる成果を出すように実行する
- 第5段階:Evaluating…フィードバックにより、結果を分析して次の試行に準備する
の段階を踏みます。
認知段階では上記の段階を踏むように、運動課題と目標とするパフォーマンスを明確にして、視覚を中心とした感覚の手がかりによるパフォーマンスの強化を図る練習を行います。
そのため、ワーキングメモリに関わる前頭前野背外側部、感覚情報に基づいた運動学習の中枢である運動前野の働きが大切になります。
運動前野は感覚情報のなかでも視覚への依存度の高く、学習過程の初期に特に働くといわれています。
また、課題は約70%の成功率の難易度が適切であるといわれています。
連合段階(中間層)
連合段階は運動課題を達成するために様々な戦略を試し、試行錯誤する段階です。
連合段階では、適切なフィードバックによって運動のフォームやタイミング、力の修正を行い、正確性やスピードを向上させます。
ここでは視覚的フィードバックへの依存を減らし、 固有感覚フィードバックを促すことが重要となります。
連合段階は学習している運動が定着(固定化)していない状態であるため、競合する運動からの干渉に注意が必要です。
干渉が起こると学習している運動のパフォーマンスが低下してしまいます。
自動化段階(最終相)
自動化段階は運動への注意や言語的説明が不要となり、自動的に運動が行えるようになる段階です。
自動化段階では、運動への注意を減少させ、自動化を促すように練習を行います。
そして、環境や課題のバリエーションを変化させても、一貫したパフォーマンスを行えるように練習します。
練習によって習熟した運動は身体図式として頭頂連合野に保存されます。
さらに、長時間経過したあとでも学習した運動を遂行できる状態(保持)を目指します。
結果の知識とパフォーマンスの知識とは
結果の知識(Knowledge of Result;KR)とは、運動課題を遂行した結果がどのようなものであったか(成功or失敗)に関する情報であり、課題における運動制御に関わります。
パフォーマンスの知識(Knowledge of Performance;KP)は遂行した運動にどのような特徴があったかに関する情報であり、課題を行うための運動計画に関わります。
KRやKPといった付加的フィードバックは運動学習早期に与えることで学習を促進することができます。
しかし、過剰な付加的フィードバック は、固有感覚などの内在的フィードバックによる運動の修正を低下させ、結果的に運動学習を阻害させてしまいます。
そのため、運動学習段階の進行に応じてにKRやKPを徐々に減らし、連合段階においては自己評価を促すことで運動効果が高くなると報告されています。
運動学習には睡眠も重要
机上の学習と同様に、運動学習には睡眠が重要であることが報告されています。
睡眠は休息だけでなく、運動記憶の向上にも大切な役割をもつため睡眠時間を確保することで運動学習を促進することができます。